![]() |
![]() |
初代大家会1978年鳴門の地に大家が産声をあげました。そんな右も左もわからない店を盛り上げ、支えて頂いた大家会の方達、今の大家が在るのはこの方達のお蔭であります。残念ながら今は多く故人となられ、残られている方は少なくなりましたが、(ただただ感謝m--mであります) |
![]() |
![]() |
大家のシンボルこの人魚は家内をモチーフに製作しました。 お客様の使った使い捨ての箸をあつめ、5年の時間をかけて出来上がりました。 二階の宴会の間の前に展示してあるので、是非見物してみてください。そして、この人魚が“大家”のマスコットになっています。 |
![]() |
![]() |
![]() |
大家敏宏20歳の時,橋梁の仕事に携わっていたが、間もなくしてお兄さんの勧めにより板場の修業を大阪で始める。仕事場も寿司店だけでは納得ができず、料理店での修行を自ら下働きより始め、兄弟子の厳しい修行にも耐え、徳島に帰ってきた時、当時、徳島初のホテル“徳島パークホテル”に副料理長としてホテル時代の幕開け?徳島の…そして鳴門市の要請により保険施設(鳴門ハイツホテル)に料理長として就任その間大勢の弟子を育成。独立をし、現在に至る。 今は、味道筋 大家を息子たちに引き継ぐため、指導と、育成の日々です。 そんなホテルで身に付けた料理をいろんな方々に食べていただきたいと思っています。ぜひ、お気軽にお越し下さい |
![]() |
大家圭一郎1973年11月5日生幼少の頃より親父の背中を見て育ち板前とは?とずっと思いながら・・・ 高校の頃より自分の道はこれしかないと板前の道を志す、卒業後二年間、家にてみならい、その後大阪難波の日本料理川富にて5年間修行、1999年帰郷、初代、父より引き継ぐべく、 "味道筋 大家" の二代目としてただいま修練中、好きな言葉は温故知新、古きをたずね、新しきを知る、そんな言葉を思いながら毎日精進できるように頑張っています。 ☆願い☆ お客さんが、帰られるときに笑顔で『又来るよ』と言って帰ってもらえる店でありたい。 煮付けの色艶香りがたまらなく好きです。 |
![]() |
![]() |
![]() |
大家裕子皆さんこんにちは(^^)敏宏の妻、裕子です二人で大家を始めて早30年が過ぎようとしています、笑顔をモットーにやって参りましたが今日の大家が御座いますのも沢山のお客様に支えられご支持頂いてきたおかげで御座います、本当に感謝で尽きる事はありません、そんな思いではありますけれどもこれからも沢山のお客様にご支持頂けますよう従業員一同日々頑張ってまいりますので味道筋大家をこれからも宜しくお願します。そんなこんなで息子たちも結婚し私達夫婦も自分の夢を実現する日が近づきつつあるなと思う今日この頃であります、夢と言いましても自分にしか出来ないお店を造る事でして夫と一緒に小さな店で、今まで大家を支えて頂いたお客さんや皆様を接待できるような感じの店です、まだその段階には達していませんが息子に今の店を任せられるようになれば始めたいと思います。その時がきたら又ご報告したいと思いますのでよろしくお願いしますL(^^)」 |
![]() |
赤松由美子こんにちは、ちょっと古かぶの由美子です<^^>大家に根をはってもう抜けなくなる事20数年、沢山の人達と出会い、別れ自分自身いろんな経験をしてまいりました、料理のレパートリーも年を追うごとに増えてきました、今では本もだせそうな位になってますよ!ついでに体重もシワの方も・・・(^笑^)これからもどんどん根をはり続けて頑張ます\:^^:/ところで私事ではありますが只今すごくはまっちゃている事があります、それは韓国ドラマ、私位の年頃の方達なら一度は見て涙したと思います、その中でもやはり『冬のソナタ』涙がとめどなく溢れてきた時の感動と想いは忘れられません(**)だからきっと行きます韓国へ!!!ヨン様が歩いたあの地へ、その夢を叶えるべく頑張ってます、あの感動をもう一度^^ |
![]() |
![]() |
![]() |
大家紀子いらしゃいませ、圭一郎の妻の紀子です。結婚してからこの仕事に就いたのですが最初のころはちんぷんかんぷん? 何からどんな風にしていいのかも解からずで、ただただ言われるままにやってましたが最近やっと周りの流れが解かりだしてきましたまだまだこれからいろいろ学ぶべき事は沢山、いっぱい、山ずみですがいつも笑顔でお客様をお迎えできるように頑張っていきたいと思いますので皆様よろしくお願いいたします (^^)~。 ちなみに今は可愛い子供(貫太と菜月)の子育てをしながらなので、午前中しかいませんがぜひぜひお越しくださいませ^^/皆様にお会いできる事を楽しみにしています。 |
![]() |
![]() |
























